そんなに多くはないが、学生時代には、いくつかアルバイトをやった(卒業してからもしばらくやってたけど)。
パチンコ屋の店員、健康食品の配送、ビアホールの皿洗い、プールの監視員。
さまざまな時給と勤務時間。友達ができたり、できなかったり、カネが貯まったり、かえって使っちゃったり。
いろいろなドラマがあった。どのバイトも思い出深いものだった。
しかし。どのバイトが一番よかったかと問われれば、私は迷わずこう答える。
「それは仮面ライダーです」と。
そう、仮面ライダー。
正義の改造人間仮面ライダー。
私は世界の平和を守っていたのです。バイトで。
日給七千円で。2日間だけ。
まぁ、改造はされなかったんだけどね。バイトだから。
それは、大学に入った年の夏休み。
帰省していた私に、高校の同級生だった女の子から電話がかかってきた。
自分の母親が農協に勤めていて、農協主催のイベントをやる、と。そこで『仮面ライダーがやって来る』という催しがあり、着ぐるみに入るアルバイトを探している、と。ついてはぜひ、仮面ライダーになってくれないか、と。そういう話だった。
断る理由はなにもなかった。
暇だったし。
日給はいいし。
女の子の頼みだし。
何より仮面ライダーだし。
喜んで引き受ける旨を伝え、その上で私はとても大事な質問をした。
「それは怪人と戦ったりするのか?」
彼女は言った。
「それはない。子供に風船や花の種を配布するのが主な任務である」
ゆるい任務だ。…まぁ、しょうがないだろう。農協主催だし。
軽く打ち合せをして、最後にもうひとつ質問してみた。
「なぜ俺を選んだのか?」
彼女は言った。
「そういうの好きそうだから」
…。
そうか。
そういう風に見られてたのか…。
まぁ、思い当たるふしはいくつもあるが。
複雑な気持ちで電話を切り、すかさず高校時代に仲の良かった友達に電話した。
「聞いてくれよ。俺、仮面ライダーになるんだぜ!…」
そして当日。
私は同級生と、その母親の車で、山のてっぺんにあるイベント会場に向かった。あいにく小雨のぱらつく天気だったが、途中、事態を察知したショッカーに襲われるようなこともなく、会場に無事到着した。
そこでイベント屋のおっちゃんに紹介され、ライダースーツが手渡された。
しまった!
何がしまったか?
渡されたのは、仮面ライダーは仮面ライダーでも、仮面ライダー・スーパー1というやつだったのだ。
仮面ライダーといえば私には1号ライダーしか頭になかったのだ。
これではきのうの練習が水の泡じゃないか。何の練習かは秘密だが。
しかし。まぁ、仮面ライダーは仮面ライダーだし。すーぱーわんだってすぐわかるくらいに知ってたわけだし。放送は見たことなかったけど。
実は私には全然不満はなかった。というか、早くライダースーツを着たくてしょうがなかった。
特設会場なので、更衣室などというしゃれたものは無いので、イベント屋のおっちゃんの車、フォルクスワーゲン・ビートルの中で着替えることになった。
スーパーマンは電話ボックスで変身するが、スーパーワンはワーゲンで変身するのだ。
ライダー変身セットは、マスクもスーツも、そこはかとなく、もわっと汗の臭いがした。そこはかとなく。
背中のファスナーは自分で閉められないので、とりあえずそのまま、マスクとマフラーを持ってみんなのところに戻った。
イベント屋のおっちゃんにファスナーを閉めてもらい、同級生にマフラーを結んでもらい、マスクをカチリと装着して変身完了。みんなから拍手で祝福。
イベント開始まで少し時間があったので、慣れるために、少しあたりを歩いてみる。
ぶらぶらしていると、関係者の子供だろうか、三才くらいのハナタレ小僧が、口を半開きにして私のほうをじーっと見つめていた。
私を。いや。仮面ライダーを。
どうしよう。なんか、ライダーっぽいことをしたほうがいいんだろうか?変身ポーズか?だめだ。スーパーワンの変身ポーズなんて知らない。
と、とりあえず…
私は人さし指を立て、どんよりと曇った空を指差してみた。
ハナタレは表情も変えずに私を見つめ続けていた。ぴくりとも動かずに。
私も黙ってそこを去った。できるだけライダーっぽい歩きで。
イベントが始まり、私は子供たちに風船を配ったり、握手したり、いっしょに写真を撮ったりと、ちゃくちゃくと任務をこなしていった。ママさんまで握手してくれと来るのは参ったが。
小学校の高学年くらいのガキどもになると、胸の筋肉みたいなところをボコボコ殴ってきたり、「暑い?」などと聞いてきたりで生意気だった。
あまり興味も無さそうなのに「変身ってやってー」と、明らかにこっちを困らせようとして言ってくるようなガキには
「もう変身してるからダメ」と言ってやった。
任務遂行中、どこかの母親達が私を見て、
「このくらい大きい人がやってくれるといいわよねぇ。この前見た仮面ライダーは小さい人でつまんなかったわぁ〜。このくらい大きい人ならいいわよねぇ。小さい人はダメ」
なんて話していた。私もそんなに感心されるほど大きいわけではないが、よっぽど前に見た仮面ライダーがちっこかったのだろう。ちびの仮面ライダーを想像しておかしくなってしまった。
イベント屋のおっちゃんは、「適当に休みながらやっていいよ」と言ってくれたので、その通りにした。
思いっきり人が通るところで弁当を食ったり、ソフトクリームをなめたり、子供の夢を壊しまくった。
そんな調子で、私の仮面ライダー第一日目はあっという間に終ってしまった。
二日めは前日とうって変わって朝から青空が広がり、絶好のライダー日よりだった。
そして、ライダーになるんだと報告した友達と、もう一人の友人が見物にやって来た。
二人はホントのライダーなので、バイクで来ていた。(というか、だからこいつらを呼んだ)
バイクがあるのなら、やることは決まっている。
仮面ライダーといえばバイク!バイクと言えば仮面ライダー!時速200キロで突っ走る!(マフラーがなびいていないのはなぜ!)
●
ライダージャンプ!仮面ライダーのジャンプ力はひと跳び20メートルなのだ!(写真でわかりにくいのはカメラマンがヘボだからだ!)
●
怪人と戦う仮面ライダー!世界の平和を守るのだ!
このようなくだらない写真を撮る合間にも、前日と同じ仕事をこなしていったが、この日は、どこかの幼稚園の鼓笛隊の演奏があるとかで、その子達の前に登場するという、急な任務が加わった。
100人くらいの園児達の演奏の後で、「きょうは仮面ライダーさんが来てくれました〜」と紹介され、園児全員と握手させられた。
その後、子供に交通安全について話してくれと言われたが、それは丁重にお断わりした。今思えば、何か適当にしゃべっておけばよかったと思うが、その時は、何も思いつかなかったのだ。
こうして。
夢のような二日間は終った。
任務完了後、イベント屋のおっちゃんに生ビールをおごってもらい、さらにいい思いをして家に帰ったのであった。
振り返ると、あまり仕事もせずに遊んでいたような気がする。イベント屋のおっちゃんには悪いことをしたなぁ。この場を借りておわび申しあげます。トォッ!
|