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FIFAワールドカップ開催記念

コンダくんのボール
2006.6.17

あれは1年ほど前のこと。

関東地方が豪雨に見舞われ、わが家の前の道も川のようになり、遠慮なく雨水が流れていった。
外出できない不便さはあるが、ちょっとだけ日常と違う景色が見られるというわくわくもあった。

その翌日。
雨が引き、すっかりいつも通りになったわが家の前の道に、ひとつのサッカーボールが転がっていた。
サッカーボールのグレードはよく知らないが、転がっていたボールは、私が小学生の頃愛用していた、白と黒に塗り分けられたゴム製のものとは違い、やや本格的なものに見えた。

おそらく、サッカー好きな少年の家から流れてきたのだろうと思われたが、ボールにマジックで書かれた名前には誰も心当たりがなかった。
サッカー好きな少年はきっとボールを探しているだろう。
しかし我々は、少年にボールを届けてあげることはおろか、ここに彼のボールがあるということを知らせることすらできない。

しかたがないので、通りかかった人でも見えるところにボールを置き、少年が現われるのを待った。


サッカーボールを見ているうちに、自分が小学生時代サッカー部に所属していた事を思い出した。
2週間くらいだが。
5年生の時の担任が、クラスで肥満気味の男子をチョイスして、無理矢理サッカー部に入れたのだ。
少し運動して痩せてこい、と。
元々運動が嫌いで太っていた肥満児たちが、サッカー部に入ったからといって突然サッカー少年に変身するわけもなく、練習について行けない我々はポロポロと脱落していった。
いやコロコロと、か。
サッカー部というと、ちょっと怖い6年生に、
「危ないから練習中はメガネをはずせ」
と言われたのと、その先輩が後に暴走族の特攻隊長とやらになったのを人づてに聞いたことくらいしか思い出さない。
思えば暴走族が多い町であった。



そんなことはともかく。

サッカー少年はいつ現われるだろうか?
小学生だろうか?中学生だろうか?
高校生になってもサッカーを続けるだろうか?
やがては浦和レッズのスター選手になったりするだろうか。
そしてついに日本代表に選ばれた彼は、子供の頃に大切にしていたボールを拾ってくれた私たちをワールドカップに招待するのだろう。旅費も持ってくれて。
それはいつの、そしてどこのワールドカップだろうか?
どうせなら遠いとこがいいな。旅費もあっち持ちだし。
ヨーロッパ?南米?オーストラリアもいいな。旅費もあっち持ちだし。

しかし。
一週間経ち、二週間経ち、一ヶ月が過ぎてもワールドカップご招待の報せは届かなかった。
その間にすくすく成長した娘(3歳)が、ボールに興味を示し始め、少年のボールは、はじめは遠慮がちに、やがてわがもの顔に、娘の遊び道具となっていった。
置き場所も、いつの間にか、通りかかっただけでは決して見つからない場所に移動された。


ワールドカップツアーご招待は逃したようだが、サッカーボールが手に入った。
商店街の福引きで、特賞の海外旅行は逃したが4等が当たった感じだろうか。



今ではすっかり娘のものとなったサッカーボールを、わが家ではこう呼んでいる。

コンダくんのボール。

もちろんボールに書かれた名前からだ。

今頃どうしてるだろうか、コンダくん。
サッカー続けてるだろうか、コンダくん。
ホントはコンダくんじゃないけどコンダくん。

コンダくん、本当の名前は、
     本多くんでした。

みんなが「本多君のボール、本多君のボール」と言っているのを娘が聞き違えて「コンダくんのボール」と言い始めたのだ。

ホントは本多くんのコンダくんよ、君が日本代表としてワールドカップに出場するのを家族みんなで待ってるよ。
現地に応援には行けないだろうけど、テレビを見ながら応援させてもらうよ。

間違っても暴走族の特攻隊長なんかにはなるなよ。

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