二匹の刺客



 天下を統べる夢を持ち続けた織田信長も、道半ばで明智光秀に討たれ、その光秀も秀吉に敗れ歴史から姿を消した。
 その後夢を果たし天下人となった秀吉。
秀吉が太閤と呼ばれるに至り、ついに天下は平穏を取りもどしたかに見えた。

 しかしそれは表面上のこと。
歴史に織り込まれた怨讐は太閤の世となっても消えることなく、ますます濃く澱み、権力を求める欲望は日々その数と大きさを増してゆくのであった。
 それぞれの思惑で秀吉を討とうと狙う者は引きも切らなかったが、秀吉の巧妙な政策により、軍を率いて攻めかかる力を持つ者は無く、もっぱらその手先として使われるのは「忍び」と呼ばれる者たちであった。

 ある時は伊賀者が、またある時は甲賀の手の者が、闇を駆け抜け、そして二度ともどらなかった。
そして今宵…

 暗雲たれ込める太閤の居城。
今宵、闇にまぎれ秀吉を討たんがため忍び寄ったのは…

鼠の夫婦。

「嘘であろ〜」

「まことじゃぁ〜
拙者の兄嫁の従兄の幼なじみが伏見で見たのじゃ」

「お釜と言うと飯を炊くあのお釜か?」

「そうじゃ、あのお釜じゃ。そのお釜をふたつこう合わせたような形で、色は黄金色に輝いていたそうじゃ。それがふわふわと伏見城の向こうに隠れたかと思ったら反対側からまた出てきて、あろうことか…」

コトッ

「むっ、今の音は?」

「………」

「曲者か」

「………」

「………」

「………
 ………
 ………
 ………
 ………
 ………






ちう




「…………
 …なんだ鼠か」

「するとな、あろうことかその空飛ぶお釜がこちらに近づいて来るというのじゃ。しかもよく見ると、お釜にはいくつか小窓があってな、中から小さな人間が外を眺めていたというのじゃ」

「嘘であろ〜」

「まことじゃぁ〜」

ひと月後

「嘘であろ〜」

「まことじゃぁ〜」

「兄嫁の従兄の幼なじみが中に入ってみると、お釜の中にいたのは身の丈が四尺足らずというから子供ほどの背丈だな、そのくせ頭ばかりがやけに大きく、大きな頭には毛が一本も無く…」

「あはは、お釜の中には小坊主がおったのだな。」


「話の腰を折るでない。その顔つきはというと、不思議なことに鼻は見当たらず、おちょぼ口で、目玉はこんなに大きかったそうじゃ。
しかもあろうことか…」

「ちゅちゅっ」

「お、また鼠じゃ。最近鼠が多すぎると思わんか?」

「まったくですな。
しかもあろうことかその、…あ痛て」

「どうされた?」

「何か踏んだでござる」

「どうもお掃除当番もたるんでいるようでござるな」

「?」

「これは…」

「で、その小坊主がどうしたのじゃ?」

「あぁ、しかもあろうことかその小坊主、ぁいや、小さな人間の手は、ひょろりと長い指が六本もあったのじゃ」

「嘘であろ〜」

「まことじゃぁ〜」

 秀吉はこの後、62歳で病死したとされているが、そのころには、秀吉の居城はどこもかしこも鼠だらけだったという。

二匹の刺客 


ハゼパの書
オトーラの書TOP