2009.4.11
「ここはなんだか、不思議な物がたくさんあるなぁ… あれはなんだろう?」 |
「あれは人工知能の戦闘マシーンだよ」 「じんこう…ましーん…?」 |
「猿よ…」」 「はい、お師匠様」 「もう一度訊かせておくれ。 お前が行っていたという世界。 人間と猿が戦い続ける世界。 もしも猿が人間を打ち負かせば、 それでお前は幸せになれたと思うかい?」 |
「…お師匠様。 私にはそうは思えません。 もしも人間に勝利したとしても、戦い、殺し合い、 憎しみ合いのその果てに幸せになれたとは思えません」 「豚よ、お前はどうだい? いつかその世界で幸せになれたと思うかい?」 |
「食べ物が足りない世界、子豚が飢えて死ぬ世界。 そこで私は子豚を助ける手立てを得ながら、間違った使い方をしてしまいました。 こころざしが歪んで欲望に変わる世界。 欲望の器は満たしても満たしてもどんどん大きくなってゆき、それを満たすことにまた追われる世界。 私もまた幸せではありませんでした」 |
「そうか。 …私がいた世界は、遠い異国に戦いも飢えもあったが身に迫るものではなく、 望めば死からも目をそらして生きていける、そんな世界だったよ。 なのにいつも不安に追い立てられているような日々だった。 そして。 私もまた、幸せではなかった」 |
「お師匠様。 戦いも飢えもなく、 死すら意識せずにいられる世界で幸せでないのなら、 幸せとはどこで手に入れられるのでしょう?」 「……」 「お師匠様…」 「猿よ豚よ、正直に言おう。私にはその答えはわからない。でも。 天竺には。 天竺にはその答えがあるかもしれない。 |
…いや。 天竺にも答えは無いのかもしれない。 でも。 |
でも。 天竺にたどり着いたその果てに もしもその答えが無かったとしても、 |
無かったと しても…」 |
「お師匠様、」 |
「参りましょう」 |
「参りましょう、お師匠様。 天竺へでも、その先のどこへでも。 ともに」 |
「ああ」 |
「行こう。 どこまでもどこまでも行こう。 幸せなどどこにもなかったとしても、 それでも 生きて、 生きて旅を続けよう」 「はい。お師匠様」 |
むかしむかし |
唐の都長安から天竺へ、 ありがたいお経を取りに向かう 偉いお坊様がいた。 |
天竺までの道のりは、長く、険しく、 不安に満ちた昏い上り坂だったので、 お供を連れての旅であった。 |
お供となったのは、猿、豚、そして、 多くのけものと鳥、 あらゆるムシたち、 そして人工知能であった。 |
不安もまた彼らの供となり、 どこまでもついて来た。 つきまとう不安は、彼らを押し戻し、 押しつぶそうとした。 |
時に打ちのめされ、身がすくみ、 路上にうずくまることもあったが みなよく耐え、 膝をついてはまた立ち上がり、 旅を続けた。 どこまでも。 |
常に天は巡る |
(C)2009 OTO |