故郷を百万歩

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 本物は見たことがないけれど、砂漠には風紋というのがあって、風で吹き寄せられた砂がきれいな模様を作ることがあるそうだ。

 このトラックが走っている地面にも模様があるけれど、風と砂でできた風紋と違って、トラックが走っても崩れないで、模様のでこぼこが振動になって僕が乗っている荷台に伝わってくる。

 敵ブロックの爆弾で作られたこの模様は「爆条紋」と呼ばれ、色々な物が溶けて混じり合っている。
 鉄、ガラス、プラスチック、アスファルト、その他なんでも色々な物。
 爆弾が落ちる前に町にあったものすべてが一度ドロドロに溶け、爆発の衝撃で出来た模様のまま冷えて固まったからだ。

 家、電柱、道路、水道管、公園のブランコ、自動車、ゲームソフト、ベビーカー、それに乗っていた赤ちゃん、それを押していたお母さん。みんな溶けて混じり合っている。


 爆条紋は普通、濃い灰色をしているけれど、時々少しだけ赤っぽいところがあるそうだ。
 赤っぽい爆条紋があるところは、人がたくさん溶け込んでいるって聞いたことがある。
血の色が浮き上がってきて赤く見えるんだって。

 このトラックのタイヤの下には何人が溶け込んでいるんだろう?
窓の無い荷台には振動しか伝わってこない。
ゴツゴツ。
ゴツゴツ。
固い爆条紋の振動でおしりが痛くなる。
ゴツゴツ。
ゴツゴツ。

ゴッゴッゴッゴッゴッゴッゴッ

ゴッゴッゴッゴッゴッ

「それで、」

「坊主は何歳なんだ?」

「…じゅういち」

「おお、そうか。11歳ってことは
学校に行ってれば5年生だな」

           (6年生だけど…)

「基地で水と食糧をもらったか?」

「うん」

「その中に入ってるのか?」

「うん」

「大事にしろよ。まだ真ん中過ぎたくらいだからな、あと丸一日それでもたせなきゃならん」

「…」

「お前、父ちゃんと母ちゃんは?」

「…」


「死んだのか?」

「…」

「そうか」

「坊主も早く立派な兵隊になって父ちゃんたちの仇をとれよ。
そうだ…」

「危ないからこれかぶってろ。自分の命を大事にするのも愛国心なんだぞ。坊主みたいな子供がこれからこの国を守るんだからな」
「…」

(重っ…)

 味方のブロックが完成した時、これでこの国も安全だって誰かが言っていた。
 反対に、味方ブロックが完成すると、敵ブロックも強くなろうとして危険になるって言っていた人もいた。

 全部父さんに教えてもらったことだけど。
「愛国心」がある人間は味方ブロックが強くなるように協力すべきだと言っている人もいた。
それをテレビで見ていた父さんは言った。
「何が愛国心だ、気持ちが悪い」
 父さんは愛国心が無かったから死んだんだろうか?
 父さんに愛国心があれば敵ブロックの攻撃は防げたんだろうか?

 そういえば、生き残っている大人たちはよく「あいこくしんあいこくしん」と言っている。
 まるで「あいこくしん」と言っていれば敵の爆弾が落ちてこないと思ってるみたいだ。

 魔法の呪文、あいこくしんあいこくしんあいこくしんあいこくしん。

 でも僕は知っている。敵の爆弾が狙っているのはこっちの「あいこくしん」なんだ。
だって味方ブロックの「あいこくしん」と、敵ブロックの「あいこくしん」が戦ってるんだもん。こっちの「あいこくしん」目がけて敵の爆弾は飛んで来るんだ。

 それなのに、生き残っている大人たちはなぜ「あいこくしんあいこくしん」と言うんだろうか?
まるで誰かに聞かせようとしているように。
味方ブロックは愛国心を守ってるんだろうか?人間ではなくて。

..
. ・   .



.   

ドギャッ!

パンッ

「ねえ父さん、
今やりたいゲームとかある?」

「うーん、特に無いかな。最近ゲームもやってないなぁ」

「ふーん。父さんが俺くらいの時はさぁ、どんなゲームが好きだった?」

「今はゲームって言うとコンピューターゲームのことだけど、父さんのころはファミコンとかまだ無くて、ゲームっていうと人生ゲームとかそんなのだったなぁ。あと野球盤とかな。野球盤って知ってる?」

「やったことある。消える魔球とかあるやつ」

「まだそんなのあるんだ。お!何だ今の?」

「カーブ。へへへ。
ねぇ、もしも、もしも何かゲームを買うとしたらどのジャンルが欲しい?アクションとかシミュレーションとか」

「うーん…RPGかなぁー。ストーリーが面白いやつ」

「ふーん。RPGかぁ。RPGもいいかなぁ」

「あ、そうかそうか」

「何?」

「もうすぐ誕生日か」

「うん。へへへ」

「またゲームかよ」

「うへへへへへ」


…ああ…  

  ああ…


あああ

これ…

なに…



う…
し、死んで…
みんな…

「にげろにげろてきがくるてきがくる」

「あ、まって…」

「ぼくも…」

「にげろにげろにげろてきがくるてきがくるてきがくる」

「待って!ぼくも、僕もつれてって!」

「にげろにげろにげろにげろ」

「待って、待って下さい!僕もいっしょに…あっ」

ドッ   

「うぐぅぁっが」

「…にげろって…」

「…敵がくるって…」

「僕は…」

「僕はどこへ…」

つづく

2004.2.22

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