故郷を百万歩

2



なぜ…





なぜ…

なぜ僕だけ…

ギュン!

ズゴゴゴゴゴゴ---

「あれは…
敵?味方?…」

ゴゴゴゴゴ

「…行ってしまった」

あれが敵でも味方でも、
僕を助けてはくれないんだ。

「これ…」

「車だ」


僕が幼稚園だったころ、車でおばあちゃんの家に遊びに行った。
おばあちゃんの家に行った時はいつも、おじいちゃんにおもちゃを買ってもらえることになっていた。

その時買ってもらったのは車の運転ごっこができるおもちゃで、小さな黄色いハンドルが付いていて、ハンドルの真ん中を押すと、クラクションが「ピイ」と鳴った。
運転中は正面の小さな窓の景色が動いたり、レバーを動かすとエンジン音が変わるしかけになっていた。

帰り道、夜の高速道路を走る車の後部座席に座った僕は、そのおもちゃのハンドルを握り、前で運転している父さんのまねをした。
父さんがハンドルを右に回せば僕も右に。左に回せば僕も左に。レバーの操作も一生懸命まねした。

高速道路の灯りがびゅんびゅん後ろに流れて行った。
隣で母さんが笑っていた。父さんのうれしそうな顔がミラーに映っていた。
僕も笑っていたと思う。
母さんが言った。
「父さんといっしょに運転してるんだよね」
「うん」
父さんがミラーをちらっと見て言った。
「運転できるようになりたいのか?」
「うん!」

僕は。
車の運転ができるようになるだろうか。
僕は将来、家族でドライブに行くことがあるだろうか。

「うわっ!」

「ねえ父さん」

「ゴキブリって強いの?」

「はぁん?ゴキブリなんかスリッパでぱぁんだ」

「でも人間が全滅してもゴキブリは生き残るって」


「ああ、その話か。そういう話もあるな。しぶといんだろうな。
何でも食いそうだし。人間が全滅したらますます増えそうだな」

「どうして?」

「スリッパでぱぁんってやられないからな」

「あははは」

きょう…

4月28日だ…
4月…28日…

「誕生日おめでとう…」

「ちゃんと時間も日付も合ってるだろ?電池も新しいのを入れたからな。5年もつって」

「じゃあ十五歳の誕生日まで使えるね」

「そんなにぴったりじゃないだろ。それ買ったの先週だしな、ははは」

「なぁんだ」

ハハハ


僕はあの日10才になった。
子供はみんなそうだと思うけど、僕は自分の誕生日が好きだった。
誕生日が来て、ケーキを食べて、プレゼントをもらって、すぐにゴールデンウィークで、どこかへ連れて行ってもらったからだ。
時計をもらった年は…
長野へ行った。
父さんと母さんと三人で蕎麦を打った。
おいしかった。

それが家族で行った最後の旅行だった。

夏休みに戦争が始まって…
その次の誕生日には父さんも母さんも死んでいた。

そして12才の誕生日の今日は。
食べ物も水も無く、ひとりで、本当にひとりで、街の残骸が寄せ集まって固まっているこんな所を、たったひとりでこんなところを…。
こんなところ、まるで…

「コラージュだ…」

「サギラ、そろそろ降ってくるぞ」

「そうだな。あそこで雨宿りしよう」

「俺は遅れてるふたりをここで待つ」

「みんなで行っててくれ」
「オッケー、あんまり濡れるなよ」


……

…ひとりで

ケーキも

ジュースも

母さんの料理も

誕生日なのに

ひとりで

食べ物も

水も無くて

ただ歩いて

ひとりで歩いて

誰も助けてくれなくて

ポッ

ポッ ポッポッポッポ


水…

この国には時々、

黒くて臭い雨が降る。

つづく

2004.6.22

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