故郷を百万歩

4
(最終話)

うっぐっぐっぐっぐっ

「お前なぜこんなところに一人でいたんだ?」

「基地から施設へ行く途中にトラックが爆発して、みんな死んでしまったから歩いていて…」

「どこの基地?どこの施設?」

「え?」

「どこからどこへ行く途中だったんだって訊いてるんだ」

「だから最初は施設にいたんだけど、そこがダメになって基地まで逃げてそこから新しい施設に行くところ」


「だからそれがどこの何て基地で施設なんだって訊いてるんだよ!いらいらするなぁ」

「名前?」

「名前でも場所でもいいからさぁ」

「…」

「わかんないのか?」

「…うん」

「お前、自分がどこにいるかもわからないで、どこに行くのかわからないトラックに乗っていたのか?」


「…うん」

「お前、大人にここにいろ、とか、トラックに乗れ、とか言われて、何も考えないで言うとおりにしてたのか?」

「うん…ダメなの?」

「はぁっ…
 で?これからどうするんだ?」

「…え?」

「ここにひとりでいたら、死ぬぞ」

「…」

「え?」

「…つれてって…」

「お前、何ができるんだ?」

「え?」

「なんにもできねぇんだろ。お前は子供だからな」

「……」

「おまえ、子供なら何もしなくても守ってもらって食べ物ももらえると思ってるだろ?お前何歳だ?」

「12歳だけど」

「漢字はいくつ知ってる?」

「え?」

「九九はどの段まで言える?分数の計算は?」

「何言ってるの?」

「お前より後にも子供が生まれてんだぞ。学校に行けなかった子だっていっぱいいるんだ。ゲームもコンビニもディズニーランドも知らない子だっていっぱいいるんだ」

「何言ってるの?」

「お前が!
自分は子供だから何もしなくても守られて当たり前だと思うんなら、お前にも守らなきゃいけないものがあるってことだよ!
お前が!
強い者が何でも取る世界に住みたいのなら!
お前は!
何も守らなくてもいい!
そのかわり、お前も強いものにすべて奪われても文句言うな!どうする!」

「どうするって…」

「自分で決めろ。自分の住む世界を自分で決めろ。他人に訊くんじゃない。
ここからあっちへ百万歩くらい歩くと軍の基地がある。そこへ行けば子供は守ってもらえるし、食べ物もどこからかやって来る。そして、…将来は兵隊だ。敵を殺せるけど、自分も殺される」

「俺たちが住んでいるのはあっちへ百万歩歩いたあたりだ。こっちに来たら食べ物を自分で調達しなきゃならない。生活を自分で守らなきゃならない。どうする?」

「あ…」

「やけどの跡だ。俺は気にしないけど見えるとみんな話しづらいみたいだから隠してんだ。気になるか?」

「僕…

母さんが…家のそばに爆弾が落ちて…割れたガラスが、ガラスが顔にたくさん刺さって…」

「そうか。…そうか…」

「その時…
その時僕は学校にいて…父さんは会社で…病院に行った時母さんは…」

「もういい」

「母さんは僕を見て、
泣きながら、泣きながら…笑って…」

「もういいって言ってるだろ」

「僕…」

僕は…

「兵隊にはならない」

「兵隊にならなくても殺される可能性はあるんだぞ」

「僕は兵隊にはならない」




「よし。

立て。立って一緒に来い。
もうここにはなんにも無いぞ」

「サギラ、なんであんなやつ助けたんだ?」

「放っとけばあいつはここで死んだ。死んでも俺たちは全然困らない。連れて帰ればあいつは俺たちの食糧を食べる。水を飲む。何かの役に立つかもしれないし立たないかもしれない。でも俺はそういうことでは判断しないんだ」

「なぜ?」

「そう決めたんだ」

「そんな世界は一度失敗している。知ってるだろ。
間違った世界は人を殺す。
俺は人を殺す世界の一員にはならない」

「ふうん」



この先どれだけ歩いても、父さんも母さんもいない。
どれだけ歩いても僕の家には帰れない。

爆弾で溶かされた街には黒くて臭い雨が降る。

でも

でも

きっと

それだけじゃない。

故郷を万歩  

2005.3.20

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