活字の子

わたしを離さないで
カズオ・イシグロ(著) 土屋政雄(訳) 早川書房(ハヤカワepi文庫)

2012.3.17


カズオ・イシグロという名前は聞いたことがあったけど、どういう作家なのかほとんど知らなかった。
名前がカタカナ表記なのも、スガシカオみたいなものかと思っていたけどそうじゃなかった。
テレビで放送されたカズオ・イシグロ特集で『わたしを離さないで』が紹介されていて(映画版の映像も少し放送された)、なんだかとてつもなく面白そうだったので買ってみた。


解説で柴田元幸氏が、「予備知識は少なければ少ないほどよい作品」と書いていて、まったくその通りなのだが、テレビの特集では設定の部分や終盤の展開にまで触れられていて、ああ、すべて知らずに読みたかったなぁ、誰かに記憶を消してもらいたいなぁと、放送を見たことを後悔した(しかし、放送を見なければ、カズオ・イシグロは自分とはまったく関わりのない「スガシカオみたいな人」のままだっただろうが)。


時間を置けば忘れてしまえるかと、本を買ってからしばらく手を付けないでいたが、もちろんそんなに都合良く記憶が失われることも無く、しかたなく読み始めた。
そしてやっぱり後悔したのだ。
嗚呼。
何も知らずに読みたかった。小出しにされる描写を自分で受け止めて自分で像を結びたかった、と。


慰めは、知らずにいたかった本書の謎というか基本設定が、物語の早い段階で明かされることと、カズオ・イシグロ自身が、それらは本書の小さな部分に過ぎないから何なら帯に書いてしまってもかまわないと言っていることだろうか(訳者あとがきより)。そして何より、知っていることによって得られなかったものよりもっともっと大きなものを得られたことだろうか。


柴田元幸氏も、「予備知識は少なければ少ないほどよい」と解説しながら、「だからといって再読に耐えないということでは決してないが」と書いている。


でもでもやっぱり初読は何も知らずに読むべきだ。
テレビのバカ。
そしてありがとう。カズオ・イシグロを(スガシカオとはぜんぜん違うと)教えてくれて。


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