活字の子

ザ・ロード
 

コーマック・マッカーシー (著), 黒原敏行 (翻訳)  早川書房
2008.8.14

The Road
無秩序になってしまった世界で、かつての秩序が作った物を拾い集めながら命をつないで旅をする父子のお話。

私は、子供を「善い者」に育てる難しさを感じながら読んだ。

この物語の父親は、過酷な世界で息子を「善い者」に育てようとしているが、そのためにはまずは生き延びさせなければならず、生き延びさせるためには、人と交わらず、信じず、分け与えず、と、本来「善い者」が為すべきこと、困っている人を助けたり、飢えている人に分け与えたりという行為を否定しなければならない。
矛盾している。

物語は過酷な世界なので、生き延びるための行為が強調され、正当化されるが、現代社会であっても同じ矛盾は存在する。
親として、自分の子には「善い者」になって欲しいとは思うが、そのために誰かに騙されたり、大きな不利益を被ったりはして欲しくない。
矛盾というより身勝手なのかもしれないが。

余裕の部分だけ、適度に「善い者」になっていれば親は満足かも。
物語の中には余裕などまったくないのでそんなことは許されないけど。

無秩序になってしまった世界で、残り少ない秩序を守っている物語のようにも読める。
缶詰や防水シートや毛布や靴など、かつての秩序が作った、再生産されることが無い工業製品。
淡々と行われる、生き延びるために父親が作ったルール。
そして世界を支えるはずの、「善い者」という概念。
会話の中にたびたび現れる「火を運んでいる」という言葉は秩序を未来に運んでいるという意味にも聞こえてくる。

「秩序を運ぶ善い者」に対する「悪い者」は、この世界に残されている数少ない秩序である人間の肉体を喰らう。
子供を「善い者」に育てるのを邪魔するのは秩序を喰らう者たちである。

訳者あとがきで、数々の破滅・終末テーマの小説、映画の名が挙げられているが、私がこの本を読みながら思い出したのは、永井豪の『バイオレンスジャック』であった。

大地震で秩序が壊滅した地で、主人公の少年の要請に答えて悪い者を倒したジャックはひとり去ってゆく。
その背中に少年が問いかける。

「これから僕はどうすればいいの?」

「心 正しく生きよ」

非常に暴力的で、人を殺しまくるジャックだが、過酷な世界で、「心正しく」そして「生きよ」というメッセージを少年に残して去ってゆく。
少年のセリフはうろ覚え(というかたしかこんな意味だった程度の記憶しかない)が、「心正しく生きよ」は正確だと思う。

過酷な世界であっても生き抜き、矛盾を乗り越え、「善い者」であろう、「善い者」を育てよう、「善い者」を未来へ送ろうという物語は、感動的で高い価値を持っていると信じる。

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