活字の子

東天の獅子 天の巻・嘉納流柔術
第1巻 第2巻 第3巻 第4巻
 

夢枕獏 (著)  双葉社
2009.12.19


厚めの本で4巻もあるので、1巻ずつ感想を書いていこうかと思ってたらあっという間に読み終わったので4巻まとめてに。
第一巻の本文の最後が456頁だったので、こりゃ「じごろー」だな。第二巻は西郷四郎で、きっと346頁だな、とか書きたかったんだけど(実際は469頁)、まぁそういう細かいことはいいや。

とにかく。
噂以上の面白さ。凄い。
ざくざく読み進められるのに濃厚。娯楽小説の理想。

それにしても、組み技系の格闘技を文章で読んでイメージするのはなかなかエネルギーがいる。
「右手で相手の左袖を取って、左足で相手の左足を刈る」なんてのを読んでるうちに相手の動作もあるから、気を抜いてると闘っているふたりがどんな体勢になってるか見失ってしまう。
置いていかれないように必死に頭に描いてゆく。

必死で、エネルギーを使うが、これが心地いいんだな。
自分がその体勢になって体を使っているような気になってくる。これって凄いことだと思うよ。

通勤電車の中で読んでいて、登場人物の体勢を自分でやりそうになって困ったよ。え?右手で?左袖?
いくつかの対戦を頭の中で経験していくうちに自分の体も鍛えられて若返ったような不思議な感覚を体験した。これって凄い。

自分が柔道をやってたことをずいぶん久しぶりに思い出した。
この物語に出てくるような命のやり取りみたいのではもちろんないが、自分が人を投げたり人に投げられたり、腕を捻り上げたり上げられたり、首を絞めたり絞められたりしてたなんてすっかり忘れていたよ。
そういえば死んだじいちゃんが、講道館で三船十段に柔道を習ったことを自慢にしてたっけ。
じいちゃん、凄い人の近いところで生きてたんだな。すごいぞじいちゃん。

この「天の巻」の中心は西郷四郎だと思う。
おかげでずいぶんストイックだ。そこが私の好みだ。
対して、最後にちょっとだけ出てきた少年前田光世はとりあえず天真爛漫そうだ。私の憧れだ。こんな少年でありたかった。

時代の変わり目で人々の明暗が分かれるが、「明」は明るいばかりでなく、「暗」も真っ暗闇というわけでもない。
誠実に必死に生きていれば明るいだけではいられないだろうし、真っ暗闇にもならないよ。と、思いたい。

メディアとしてデジタルデータに押されつつある(と伝えられる)「本」という形だが、この小説は、本を手に持って、カバーの用紙の手触りを感じながら読むのがベストである。
この装丁の手触りのおかげで、ちょっと登場人物の気持ちに近づける。

いやー、もうたまんない。早く続きを読ませてくれ。早く経験させてくれ。本を読む幸せを、読書の楽しみを知る者の幸福を味わわせてくれ。


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