さすらいロボ ヤスジロー 

2003.11.1

西暦2032年9月4日 02:02:15 PM

「アイテテ」

「え?」

「いたいの?おでこ?」

「おでこ?」



「いや、腰だよ、腰、いてぇのは。これは、この傷は痛くねぇんだ」

「ふうん。おでこはいたくないの?」


「ああ」

「痛くねぇんだよ」

第28話 空を見上げる。

9月28日 10:42:00 AM

「でもね、私たちが空港に着いた時に、それまで降り続いていた雨がちょうどあがったの。
雲が切れて、陽がさしてきたのよ。きれいだったわー。滑走路にこう、まっすぐ光が降りそそいでいるのよ。想像するだけでも素敵でしょ?
いっぺんで日本が好きになったわ。それで、あの人ったら私になんて言ったと思う?」

「さぁ、わからないわねぇ、なんて言ったのかしら?」

「…」

「?」

「…」

「サンドラ?」

「…」

「サンドラ?光とともに舞い下りた僕のエンジェル、でしょ?あら」



「サンドラ!サンドラ!
大変。先生に」

「…滑走路にこう、ね」

「え?」

「まっすぐ光が降り注いでいるのよ。想像するだけでも素敵でしょ?」

「…そ、そうね」


10月15日 10:42:00 AM


「な、な、なんのまねだ!」


「サカタこのやろー!
こんなことしてただですむと思うなよ!
おい、やめろ!待て!おい!
話せばわかる!」


プシュップシュッ
「うぐわぁっ!」
プシュップシュッ

プシュッ


「…」



「ああ…
ニッポンに帰りてぇなぁ」

12月24日 08:01:45 PM

「あ、そうそう。これ先週観たよ」

「白いハイヒールの女の人が鹿革の靴の男に殺されるのね。で、鹿革の靴の男は弁護士なんだけど、ヒモ靴の男に罪をなすりつけようとするの」

「ルーク、仕事のほうはうまくいってるのか?」
「うん。すごく楽しいよ。
あ!ほらほら、あの刑事が履いてるバスケットシューズ、あれうちの工場で作ってるんだよ」
「おめぇは靴で人を区別してるのかよ」
「そうだよ。あ、僕、ちっちゃい兄ちゃんにすごくいいプレゼント見つけたんだ。何だと思う?」
「靴だろ」
「えーっ!なんでわかったのー?なんでー?」
「わかんないと思ったのか?」

「あ、そうだ。おっきい兄ちゃん、前から訊こう訊こうと思ってたんだけど、パパがクリスマスになると歌ってた歌あるじゃない?
♪サンタぁーもートナカイもーみんなに家族ぅーがーあーるーからー♪って歌。あれなんていう題なの?今度買ってこようと思ってるんだけど」
「ああ、俺も知りてぇな」
「…あの歌か…」


「実は…あんな歌、無いんだ」
「へ?」「え?」
「あの歌な、パパがデタラメに歌ってたんだ」
「ウソッ」「ホントかよ」
「デタラメに歌ってたの?」
「ああ」
「毎年?」
「ああ」
「おっきい兄ちゃん、ずっと知ってたの?」
「いつだったか気づいたんだ。毎年歌がちょっとづつ変わってるって。歌詞もメロディーも」
「…そうなんだ」
「…全然気づかなかった」
「俺が一番聴かされてるからな」
「で、で、でもほら、ぼ、ぼ、僕たちいつまでも兄弟だよねっ?ねっ?」
「何言ってんだお前」

西暦2033年4月19日 03:29:55 PM

「で?」

「そいつらと殴り合いになったってわけか。
というより一方的にやられたみたいだな。
で?どうするんだ?」

「もう学校へ行かないで、それでどうするんだ?
お前、勉強してロボットを作る人になるんじゃなかったのか?」
「…先生に、教えてもらう、勉強や、ロボットのこと」
「ふん。今だっていろいろ教えてもらってるじゃないか」

「学校に行かない分もっと教えてもらえるよ」
「先生だって暇じゃないんだぞ。
それにお前、くやしくないのか?負けたままで。大勢でひとりをやっつけるようなクソヤローどもに負けたままでくやしくないのか?」
「くやしいよ。でも。
勝てないもん。あいつら大勢で、年上で体も大きくて」


「そうじゃない。クソヤローのために自分の人生を後退させることが負けるってことなんだ」
「こうたい?」
「そうだ。クソヤローなんかそこらじゅうにうようよいるぞ。クソヤローに出会うたびにそいつらを避けていたらお前はどこにたどり着くんだ?自分が行きたい場所へ行けるのか?」
「パパ…
…パパは強いんだもん」


「お話し中失礼します。
こちらの方ですか?」


西暦2032年7月14日 09:00:00PM


「早く!あそこへ!こっちじゃないでしょ!」


「でもこのあたりは入り組んでいて、あ、、ここも入れない。ぐるぐる回って…」


「ああっ!!」


「あれは!」



「そもそも、心を持ったロボットを作るというのは、コスゲ会長の計画でした。
しかし、会長の方針で、ごく一部の者にしか計画の全容が知らされなかった上、社内の勢力争い、産業スパイの活動などが状況を複雑にしました。
イシローの設計が進行していく過程で、さらに複雑さは増してゆき、社内の30余りの部署でイシローの体を取り合っているようなありさまでした。
そんな状況でしたから、イシローの失敗も、原因を解明できないまま放置せざるを得なかったのです。
責任を押し付けられた部署や社員が淘汰されましたが、それも社内の複雑な力関係の結果で、正当な措置ではありませんでした。粛清などと陰で囁く者もいました。
信じられますか?首を絞められて殺された社員がいたという理由で、手の設計に関わった者が処分されているのです。
そしてヤスジローです。
淘汰される前と同じか、それ以上の人員がヤスジローの計画に関わってきました。
状況はイシローの時と同じ、いや、むしろ悪くなっていたかもしれません。
ヤスジローもイシローと同じように混乱の中で設計が進み、さらに混乱を増す中で製作されたのです。
しかしヤスジローはイシローとは違いました。
私は技術者ですが、この計画には完成後の教育係として関わっています。イシローの時もです。二つの計画に同じ立場で関わった人間はあまり多くありません。2人に名前を付けたのも私です。なぜか大きな権限を与えられていたのです。推測ですが会長の力が働いていたんだと思っています。
イシローとヤスジロー、なぜ、どこが違っていたのか。誰にも答えられないでしょう。
会長が死んだ今…、会長が亡くなったのはご存知ですか?」
「ええ。ニュースで見ました。さほど気にしませんでしたが」

「そうでしょうね。とにかく会長が死んだ今、そもそもなぜ心を持ったロボットを作ろうとしたのか、ということも含めてすべて闇の中です。
残されたのは事実だけです。
イシローとヤスジローはどこかが決定的に違っていた、という事実。
そして。
イシローは死に、…
ヤスジローは生きている、という事実」
「たとえどんな状態であれ」
「そう」

「たとえどんな状態であれ、ヤスジローは生きている。

私が見つけた時のヤスジローはまったくひどい状態でした。身も心も。
作動しているのが不思議なくらいでした。
外見の損傷も惨憺たるものでしたが、頭脳はもっと深刻でした。何らかの破壊的プログラムが、彼の頭脳の中で暴れたようでした。
その後、少しでもヤスジローの機能を回復させようとあらゆる手を打ちました。イシローとヤスジローの事件の後始末や、会長が亡くなった後の混乱も幸いして、社の設備を使うことも出来ました。…それなりの代償は払いましたが。
丹念に状態を調べてゆくうち、彼のメモリー内に損傷を免れた記憶の断片のようなものが生き残っているのが見つかりました。その中にヤスジローの、移動と位置に関する情報も含まれていました。それをたどってここまでやって来たのです。他にも位置情報はありましたが、ここのものが一番はっきりしていました。
ここが彼にとって何か意味のある場所だと感じてやって来たのです。
先ほどの先生のお話を伺って、それが何かわかったように思います。

ここは…、ここで、ヤスジローの「心」が生まれたのです。コスゲデンキの工場ではなく」
「そうだったのかもしれませんね」
「しかし彼にはもう感情チップはありません。もしもここでの記憶の断片があの頭脳のどこかに残されていたとしても、それを感情とともに思い出すことはないでしょう」


「お話はよくわかりました。でも。それでも私は、外のみんなの作業に加わろうと思います。今すぐ」


「先生…私にもお手伝いできることがあるでしょうか?」
「何を言ってるんですか」

「あなたは不可欠ですよ」

「ヤスジロー…」


「ぼくたち、きずだらけだね」


「でも…」


「でも、ぼくたちがんばれるよね」

「あの時みたいに」

クリス アア クリス


ワタシハ ココニ

さすらいロボ・ヤスジロー 終わり


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