車道までもが石畳という、過剰に異国情緒あふれる河沿いの道を戻り、渡ってきた橋を通り越して、われわれ四人は居酒屋地帯を目指した。
車道までもが石畳。
車が通るとガタゴトガタゴトうるさいったらない。
たぶんここ、というところで右に入り、特に何もないちょっとさみしい道を進んでいくと、ありました。夢の居酒屋地帯。
なんかもう、「いいですねー」としか言いようのない雰囲気。みんなで口々に同じようなことを言って写真を撮りまくる。
居酒屋地帯。
とってもいい雰囲気。って、この写真じゃよくわからないか。
どっかのテーマパークのように見えなくもない家並。
しかしそのあたりには、外にテーブルや椅子が、という店は見当たらない。
「この辺じゃないのかなぁ」なんて話しながら世界名作劇場みたいな通りをぶらぶら進んでゆくと、あったあった。店の前に細長いテーブルと椅子が設置されている店が何軒も。
中にはまだ椅子をテーブルの上に乗せたままの店もあったが、見ていると客がやって来て、勝手にガタガタ椅子を降ろして座り込んでいる。
私たちもよさそうな場所を選んで陣取る。
すぐに店員がやって来て、四人ともまずはビールを頼んだ。
屋外で、ちょっと寒いけど満場一致でまずはビールなのだ。
北岡さんも島田さんも、どこへ行っても「まずはビール、とにかくビール」の人なので、ビール好きの私としてはうれしいったらない。
すぐに出てきたビールをぐっと飲む。
うまい。寒いけどうまい。うまいけど寒い。
美術館で歩き回って疲れていた分、こうして周りの変わった風景を見ながら飲むビールは格別だ。
なんだか幸せになってくる。うまい。幸せ。でも寒い。
「うまい幸せ寒い」のパッケージで飲んでいたら、四歳くらいの小さな女の子が、私たちをちらちら見ながら行ったり来たりし始めた。
私たちのすぐ近くで飲んでいる八人くらいの「近所の家族連れ」みたいな客に連れられて来ていたようだが、子供は一人だけで、大人は勝手に飲んでいるので退屈しているようだった。
道を行ったり来たり、あいているテーブルをくぐったりと、一人で遊びながらも私たちのほうをちらちら見ている。島田娘さんがにっこり笑って手を振ると、ちょっと困ったような笑顔になった。
向こうのほうが先にお開きになって、父親であろう、熊のような体格の男に抱き上げられて帰っていく時にもこちらをずっと気にしていた。まぁ、われわれもちらちら見ていたので、そりゃあ気になるだろうけど。
さて、ビールも飲んだし、次はガイドブックお薦めの「りんご酒」とやらを飲んでみようじゃないか、ということになり、メニューを見たが、どれがその「りんご酒」なのかわからない。
「apple」か、それに似た単語があったので、多分これだろうと頼んでみる。
薄黄色い液体がごく普通のグラスに入れられて出てきた。一口飲んでみる。
少しピリッとするジュースみたいな味だ。島田娘さんが「アップルタイザーに似てる味だ」というので、なるほどそうかと思う。アップルタイザーってよく知らないけど。
通りの向こうからカランカランと、小さな鐘の音が聞こえてきた。
見ると、パンがいっぱい入った籠を乗せた自転車を引いたおじさんが近づいてきた。初めて見るが、間違いなくパン屋さんだろう。
パン屋は私たちが飲んでいる店のおばさんにパンを売っていた。パン屋とおばさんがやりとりをしている間にもう一人、徒歩のパン屋さんが現れ、私たちのすぐ横で立ち話を始めた。
島田娘さんが、パン屋の自転車を気に入って、「写真を撮ってもいいですか?」というドイツ語を調べ始めた。いきなりシャッターを切るのは失礼なのだ。
それらしい言葉をみつけて話しかける。言葉がうまく通じたのか、それともカメラを手に小首をかしげて話しかけたから理解したのか判然としなかったが、おじさんは「おーよしよしぜんぜんオッケーだよ」と島田娘さんを手招きした。
島田娘さんとしては「パン屋のおじさんと自転車」という写真を撮りたかったのだが、おじさんは娘さんと写真に収まる体勢だ。「ま、いっか」と娘さんが席を立つ。
一枚撮った後、徒歩のパン屋さんが、自転車の荷台を指差して、「ここに座ってもう一枚どうだ」みたいなことを言ったら、自転車パン屋が、「それはダメダメ絶対ダメ」と強く止めた。大事な商売道具なのだろう。
お礼に、というわけでもないが、島田娘さんがパンをひとつ買って、パン屋とさよならした。
パン屋のカゴ。
後ろにチラっと写っているのが大事な自転車。
前にカゴを乗せる台が付いている。
パン屋とやり取りしている間にアップルなんとかを飲み干していたので、次は店のお薦めを飲んでみよう、ということになって、また島田娘さんが、ドイツ語を調べて、店員に尋ねた。すると店員は胸を張って「それはワイツェンビヤである」と答えた。
うむ。それにしよう。
ワイツェンてなんだかわからないけどとにかくビールだろう。
ビール王国ドイツのお薦めビール。どんなにおいしいものが飲めるんだろう?胸は高鳴る。相変わらず寒いけど。
目をキラキラさせて待っていた私たちの前に、背の高いグラスに入れられて、少し濁った感じのワイツェンビヤが運ばれてきた。
口が広く、下へ向かって細くくびれてゆく、官能的な形状のグラス。
グラスの細くくびれた部分をわしづかみにしてグっと飲んでみる。
んんんんーーーー。
んまいじゃん。
島田娘さんが買った、チーズをまぶしたパンを四人でちぎって食べながら「ワイツェンビヤ」を飲む。
うまいぞ「ワイツェンビヤ」!
すごいぞ「ワイツェンビヤ」!
でも、ちょっと寒いぞ「ワイツェンビヤ」。
私はその名を胸に刻み込んだ。
しみじみと幸せ。
ドイツの幸せはいつもビールの隣にある。
なんてな。
ワイツェンビヤ。
飲みかけだけど。
ちょっとだるま写ってるけど。
「22.親方再登場」につづく
↓この下