壁の裏側の道には、たくさんの写真パネルが展示されていた。
説明文には西暦が記されていて、第2次世界大戦の少し前からの出来事が年代順に並んでいるようだ。
私の知識が乏しいのと、言葉が読めないのとで、絵柄から想像するしかないが、戦争へ至るまで、戦中、戦後の分断、と、国家とか政治といった大きなところから、一般市民が関わっているものまで、すべてを子細に見ることは不可能なくらいたくさんの写真があった。
それらの写真を見ながら壁の裏側を抜け、また普通の通りに出た。
少し歩いたところで、人と会う約束のある秋山さんと別れ、もう少し歩いたところで、バウハウスに行くという木戸さんとも別れた。
七人いた旅の仲間も今や、浅野さん、島田さん、島田娘さん、そして私、の四人になってしまった。
旅の仲間はどんどん減っていくのだ。指輪物語みたいだ。
なんつって、秋山さん以外は、夕食を一緒に食べようということになっていたので、きのう行った百貨店カーデーヴェー七階に六時半集合という約束をしていたのだ。
ほら、あの、行ったけど閉店時間だったレストラン、六階に肉の大平原があるあの百貨店。
四人が向かったのは「エジプト博物館」。
ドイツでエジプト。でもいいのだ。
午前中にベルリンタワーに向かった北岡さんも、後でエジプト博物館に行く計画だったはずだ。
エジプト博物館に行けそうな駅はふたつあったが、島田さんが「こっちから行ってみましょう」と言った駅に決めた。
地下鉄から地上に出て、枯れ葉が舞い落ちる道をまっすぐまっすぐ歩く。両側は集合住宅のようだ。何と言うこともない住宅地なのだろうが、歩道も車道も石畳なので、趣がある。
道々撮った写真。これゴミ箱。でかい。
しかし、本文で「趣がある」とか書いといて、写真はゴミ箱かよ。
なんの標識だろ、これ。
「輪ッかの付いた棒を持った人さらいに注意」かな?
趣があるのはいいが、歩いていると寒くてしかたがない。
このまま歩き続けるのはあまりに辛そうだったので、どこかでお茶でも、ということになり、集合住宅の一階にあるお店に入った。
通りに面している壁がガラス張りで、やや傾きかけた陽が差し込んで来る。あったかくて生き返る。これで熱いコーヒーでも飲めばエジプトまで歩いて行けそうだ。
と思ったら島田さんはビールを頼んでいた。
いつもは「とりあえずビール」の私であったが、この時はさすがにコーヒーにしておいた。島田さんとの実力の差を見せつけられた気がした。私は酒飲みとしてはまだまだひよっこなのだろう。
浅野さんも島田娘さんも熱い飲み物を飲んでいた。
店内は、普通の部屋を改造したような作りで、くつろいでいい感じだった。
このままこの暖かい店でずっとおしゃべりしていてもいいかな、という雰囲気だったが、やはりそうもいかないので、体があったまったところで店を出た。
再び通りに出て歩き始めようとしたところで突然島田さんが「北岡さぁん!」と叫んだ。
見ると私たちの進行方向20メートルほど先に見覚えのある後ろ姿が。
「北岡さぁん」
島田さんがもう一度呼ぶと北岡さんも気付いて振り返った。
午前中にベルリンタワーへ向かうために別れた北岡さんと再び巡り会ったのだ。この異国の地で。約束もしてないのに。
なんて、北岡さんもエジプト博物館に行くことになっていたから会っても不思議はないんだけどね。でもやっぱり時間が少しずれたり、二つの駅の別のほうを選んでいたらここでは会わなかったわけだから、ちょっとだけ不思議な偶然ということにしとくか。
こうして、北岡さんを加えて五人になった我々は、再びエジプト博物館への道を歩み始めた。
エジプト博物館は、外観がピラミッドやスフィンクスの形をしていたり、ミイラ男のコスプレをした人が客引きをしたり、というようなことはまったくなくて、なんていうか、外側にはほとんど自己主張のようなものが無かった。一度気付かずに入り口を通り越してしまったくらいだ。
しかし館内はすごくて、いきなり石造りの大きな門が建っていたり、大きな石像から細かい装飾品まで、こんなに持って来ちゃっていいのかよ、というくらい展示されていた。
ドイツとエジプトってどういう関係なんだろ。
ドイツにもエジプトにも美術品にも詳しくない私は、もう何がなんだかわからなくなりつつある。
ガラスケースに入っているものもたくさんあったが、ケースに入れられないで、そのまま展示されているものもかなりあった。
外に出されているそれらの展示物の裏側を見ると、太いボルトで直接展示台に固定されていて、ちょっとびっくりしてしまった。
こんなことしちゃっていいんだろうか?
貴重な物なんじゃないんだろうか?あんな太いボルトを何本もぶち込んじゃって大丈夫なんだろうか?ファラオの呪いとかは心配ないんだろうか?
その扱いが不思議だったので、博物館を出た後で浅野さんに
「あれ、全部ホンモノなんですかねぇ」と訊いてみたら、
「そりゃそうでしょ」と言われた。
確かにそりゃそうですよね。
「31.おみやげを選んでみる」につづく
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