ノートルダム寺院の後、バスは「免税店」に向かった。ここがバスで回る最後の目的地だ。
見るもの見たら、買うもの買えと、そういうことらしい。資本主義なのだ。
免税店では税金が免除されるのだ。くわしいことはよくわからないが、免除してくれるって言うんだから免除してもらおうじゃないか。きっとお得なんだろう。
まぁ、買物しなければ免除もされないんだけど。
ややごちゃごちゃした通りでバスを降り、免税店に入ると、「いらっしゃいませ」と日本語で出迎えられた。店員が口々に言うその言い方が妙にソフトで、ちょっとくすぐったい、私の苦手な雰囲気。
並んでいる商品もきらきらしていて、なんだかなぁ、という気分になる。
きらきら商品の中を二階に通され、そこで店員から説明を受けた。
七人で一列になって聞いているのがちょっと変な感じ。
店員は、こんな商品があって、買うとお得ですよ、とか、ユーロ、円、クレジットカード、どれでも支払いできますよ、とか、重くて持って帰るのがいやなら宅配サービスもありますよ、とか、そんな説明を事務的な口調で話していたが、私は、そこの何人かいる女子店員がみんな、妙に幅の広い顔に厚化粧という濃い目の外見なのが気になってしょうがなかった。
中に一人だけ男の店員がいたが、そいつがものすごく痩せていて、影の薄い幽霊みたいなやつで、女性店員と対照的でおかしかった。
ひととおり説明を受けたが、みんなはあまり買い物をする気が無いらしく、夕食時にまた集まりましょうという相談をして、集合場所と時間を決めると、さーっといなくなってしまった。後には私と北岡さんだけが残ったが、北岡さんもお酒を何本か買って宅配を頼むと姿を消した。
ここまで免税店についてあまりいいことを書いていないので意外に思われるかもしれないが、私はここで買い物をしていく気になっていた。
妻へのおみやげをまだ買っていなかったのと、明日の日曜日は、原則として商店は休みだとガイドが言っていたのを思い出したからだ。
妻へのおみやげを買うチャンスは今日しか無いかもしれない。
一人残された私は、「妻へのおみやげ無し」を阻止するため、きらきらちらちらする商品の中をうろうろしていた。きらきらちらちらうろうろだ。
カバン、財布、スカーフ、各種装飾品。うーん。
なんだかカチっとくる物がなくて店内を何周もしてしまう。きらきらちらちらうろうろ。
妻へのおみやげを決められないままきらちらうろしていると、子供服が目についたのでペラペラ見てみた。
これから生まれる子に服を買って行くのもいいかな。
しかし、「子供服」はあるが、「ベビー洋品」は見当たらない。
重なっている服の下の方まで見てみたがみつからない。
どこかに無いかと、付近でベビー洋品の探索をしていると、右後方に人の気配が…。ハッとして振り向くとそこにあの幽霊男が黙って立っていた。
音も無く近づくなよ。ホントに幽霊みたいなやつだな。しかしちょうどいい。
「赤ん坊の服ってありませんか?」
と訊くと、目の前にあった服を2、3枚、ペロペロっと見て、
「一番小さくて4才用みたいですねぇ」
と、上の前歯の裏から出しているような声で答える。これがフランス語の日本語なのか?小鳥のさえずりみたいだ。
赤ちゃん洋品は無いのか。
ま、そのうち4才になるわけだし、買っとくか。ひょっとしたら4才児くらいのすごく大きな赤ちゃんという可能性もあるしな。ないな。
白いトレーナーが欲しかったのだが、見当たらないので幽霊に訊いてみると、
「ここにあるだけみたいですねぇ」
って、さっきから他人事みたいな口のききかただなテメ。ま、他人事だろうけどさ。
迷いながら子供服をかき回していると、幽霊男が、男の子か女の子かと訊いてきた。少しは私の力になろうと思ったのか、あまり商品をかき回されたくなかったのかは定かでないが。
「これから生まれるんで、まだどっちかわからないんですよねぇ」
と答えると、
「それなら赤なんかどうでしょう?」
と、前歯の裏からアドバイスしてきた。
赤もいいけど、こんな時は「それはおめでとうございます」とか「それはそれは」とか言えよ。
そういう受け答えを想定して何て答えようかちょっと考えちゃってただろ。
あ、この会話じゃ私の子かどうかわからないのか。
それにしても幽霊男は言ったきりしらっとしている。
お前、あれだろ、「日本にはどうも馴染めなくてパリにやって来ました」なんて言ってんだろ。そんで顔幅の広いオバチャンに囲まれて、もっと馴染めないものを感じたりしてんだろ。
なんてことを考えながらも結局は赤いトレーナーを選んだ私もどうかと思うが。
胸にエッフェル塔や凱旋門の絵と、「PARIS」と文字がプリントされているものを買った。
4才になって着られるようになった時に「このトレーナー、どうしたんだっけ?」とならないためにである。
結局妻へのおみやげは、女店員が「ここでしか買えないここでしか買えない」としきりに自慢する、まん中に陶器の飾りの付いたネックレスにした。
なんだかんだいって店員どもの言いなりである。
まぁ、このネックレスに決めた最大の理由は「ここでしか買えない」ではなくて「持っているか持っていないかわからないほど小さくて軽い」だったのがやつらに一矢報いたというところか。
妻へのおみやげに買ったネックレス。
写真ではよくわからないが、男女の絵が描かれている。
「さぁ、ピエール、私をつかまえることができて?オホホホホ」
「言ったな、フランソワーズ、このじゃじゃ馬娘め、アハハハハ」
「オホオホオホホホ」「アハアハアハハハ」
って感じ。
幽霊男にアドバイスされて買った赤いトレーナー。
四年後に大活躍の予定。
こうして無事おみやげを調達した私は免税店を後にした。
夕食まではひとりぼっちである。
ひとりぼっちの巴里、である。
「41.わかりやすいオペラ座」につづく
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